映画『コンタクト』と古代インド哲学と最先端科学技術

宮沢賢治

この動画はオススメです!

神の粒子と古代インド 2015/2/21 14:00-15:20

エハン塾

ビッグバン理論に対する「?」や現代科学者の欺瞞にも触れていますし、私が以前ちょっとだけ紹介した映画『コンタクト』の話も出てきます。

『銀河鉄道の夜』と科学と宗教
前記事の続きです 『銀河鉄道の夜』(ブルカニロ博士登場版)とミヒャエル・エンデの『モモ』 紀元前一千年。だいぶ地理も歴史も變つてるだらう。このときには斯うなのだ。變な顏してはいけない。ぼくたちはぼくたちのからだだつて考へだつて、天の川だつて汽車だつて歴史だつて、たださう感じてゐるだけなんだから 宮沢賢治 著 『銀河鉄道の夜』(旧版)より 宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』(旧版...

ビッグバン理論の「何もないところから大爆発が起きた」というわけのわからない宇宙の始まりに対し、私が納得できずにいることをエハン先生も言及しています。

アインシュタイン博士はこう言ってます↓

アルバート・アインシュタイン
アルバート・アインシュタイン

人はみな、自らの宇宙論を持っています。そして、誰もが自分の理論は正しいと言うことができます。
(アルバート・アインシュタイン)

ほんと、その通りだと思います。誰も宇宙の本当の姿を、その全体像を確認なんかできていないのだから、言いたい放題。

「何もないところから大爆発が起きた」なんて、じゃあ、『無』からいきなり物質や空間が姿を現したということになるのだけど、どういう理屈??? 何が起爆剤???

アルバート・アインシュタイン
アルバート・アインシュタイン

全ての物理学の理論は、数式は別にして、「子どもでさえも理解できるように」簡単に説明すべきである。
(アルバート・アインシュタイン)

これと同じことをエハン先生も上の動画の中おっしゃっています。

ビッグバン理論を支持している科学者たちの話によると、宇宙全体は膨張し続けているらしく、星と星の距離はどんどん遠ざかっているし、物体と物体の距離も離れていっているらしい。

もし本当にそうなら、ぎゅっと高密度に硬い鋼鉄もダイヤモンドも、やがてはスポンジのようにふにゃふにゃな物質になるということ?

それとも、粒子と粒子が引きつけあっている力は距離が離れても変わらないとか?

まぁ、いいや。けれど、宇宙全体が膨張しているとしても、その時間を巻き戻せば、最終的にはある一点に全てが集結するというような理屈なんじゃないだろうか?

それ、真面目にそう考えている人たちは、かなり視野が狭くなってる気がしてなりません。

なぜ『無』なんて概念を宇宙論に持ち込むのでしょう?

「無」とか「0」という概念は、特定の空間において、特定のものが存在するかしないかを判断する上では重要な役割を持つけれど、宇宙全体を考える時に「無」や「0」を適応させようとするのは、間違っていないのでしょうかね?

 

アルバート・アインシュタイン
アルバート・アインシュタイン

数学の法則を現実に当てはめるならば、それは不確かなものになる。数学の法則が確かであるならば、それは現実に当てはまらない。
(アルバート・アインシュタイン)

 

数学は確かによくできている。しかし、自然は常にわたしたちの鼻をつかんで引きずり回す。
(アルバート・アインシュタイン)

 

ゼロの概念が登場したことで数学は飛躍的な発展をしたけれども、このことに盲信的になると、物事の全てに始まりと終わりを設定しなければならない気がするんですが…?

『宇宙は時間的にも空間的にも、始まりも終わりもない』と考えることはできないのですかね???

 

アルバート・アインシュタイン
アルバート・アインシュタイン

過去、現在、未来の区別は、どんなに言い張っても、単なる幻想である。
(アルバート・アインシュタイン)

 

もし、この宇宙からすべての物質が消滅したら、時間と空間のみが残ると、かつては信じられていました。しかし、相対性理論によれば、時間と空間も、物質とともに消滅するのです。
(アルバート・アインシュタイン)

 

それでも、永遠なるものに関心を抱くのがいちばんいいでしょう、というのは、それのみが、人間社会に平等と平穏を回復させる精神の源だからです。
(アルバート・アインシュタイン)

 

宇宙は『在りて在るもの』で良いのでは??? いつから始まったのでもなく、終わりもない。ずっとずっと永遠の昔から最初から『在りて在る』のでは?? その中でいろんなものが生まれたり消えたりを繰り返しているのでは???

私はそう思ってるんですよね。だからビッグバン説は私は今のところ信用していません。

私は人間が説く神とか宗教はあまり信用していませんが、宇宙の神秘こそは万物の創造主であり神だと信じています。

 

 

ところで、上のエハン先生の動画で言及される神の粒子(ヒッグス粒子)は、私も映画『コンタクト』とともに触れたことがあります。

"Contact" Theatrical Trailer (1997)

映画『コンタクト』は、カール・セーガンという科学者が書いたSF小説が原作です。

実証主義の科学者が主人公で、幼くして両親を亡くしてしまった女性なのですが、彼女はある宗教家から「お父さんのことを愛している?」と聞かれます。

彼女は父親のことが大好きでしたから「愛している」と答えます。すると質問した宗教家は「じゃあ証明してみて」と返すのです。

存在を証明できないものについては「信じない」という姿勢を取っていた主人公は、自分の中に存在する「愛」について他者に証明することができません。

宗教家は、実在することを他人に証明することが困難な事柄を、主人公に突きつけたのです。

エハン先生の動画でも話に出てくる「オッカムのカミソリ」という論理なんですが、この論理が最終的に主人公科学者を苦しめます。

クライマックスに全地球人類の中でたった一人だけ経験した貴重な体験も、それを事実と証明することができなかっただけでなく、「チョー大金持ちの変人に利用されて幻覚を見せられた可能性の方が高いんじゃね」みたいに言われちゃうのです。

その時、彼女は知るのですよ、自分が体験した精神的で崇高な歓びを、他の人々にも分かちたいと願う気持ちが、宗教家のそれと同じであることを。

 

CERN / 欧州原子核研究機構 とは? ①

さて、膨大な費用を投じてその存在が確認されたとする神の粒子「ヒッグス粒子」ですが、これがもし「心」とか「魂」というものに関係していたら、この粒子をいじりまわすことで何か人間の予測を超えるようなことが発生しちゃうことはないのでしょうか?

それは、とっても幸福で素晴らしいことが起きるとばかりは限定できないですよね。

もしもですよ、この宇宙が神の心でできているとしたら…その神の心が幸せだったら、神が作り出す世界もルンルンな世界で、神が不機嫌になったら怖い世界が作られる、なんてことはないのでしょうか?

『ミスト』っていう映画がありましたが、あれは軍が秘密で行っていたプロジェクトで別次元の扉が開いちゃうのでした。

STEPHEN KING'S THE MIST All Creatures Explained

神の粒子を下手にいじると、↑こういう恐ろしい世界が出現でもしたらどうしましょう。

…なんて想像もできてしまうわけですが、こういう生き地獄が扉を開くとしたら、ビッグバンで一瞬にパーンと弾けちゃう方がまだマシかもですね。

どっちも幸福じゃないですが…。

 

「触らぬ神に祟りなし」という言葉もありますけど、科学者さんたち、好奇心のあまり世界を危険に陥れないでくださいませですよ〜。

 

映画『ミスト』の原作は、スティーブン・キングの短編小説。キングは処女作『キャリー』でも狂信者を登場させていて、宗教の関わり方次第では人がとても恐ろしい存在に堕ちて新たな不幸を生み出す様を表現しています。

私にとってこの映画が興味深いのは、この物語はキリスト教へのアンチテーゼを含みながら、ラストは原作と全く違った結果を描いているとともに、自殺を決して肯定しないところがキリスト教と同じになっている点です。

人生は先が見えない霧の中のようだけど、あきらめてはいけないという戒めを含んでいるようなラストです。

「天は自らを助くる者を助く」なんて言葉もありますが、自らを助けようとすることをやめたら……

私は「安楽死」を必要とするケースもあると思っているので(そのことについては自分の体験談として、いつか書きたいと思います)、全てにおいて「自殺はあかん」と言う気は無いですが、この映画の顛末を思うと「もうちょっと待ってみぃや」と思います。

 

さて、エハンさんの講義の動画に話を戻していきますと、ヴェーダンタという古くからのインド哲学が、最先端科学理論と同じことを言っているのだとか。

私はその辺をまだ勉強していないのですが、インドの古代哲学ということは、おそらくどこかで仏教とのつながりが出てくるのではないかという気がしています。

もしそうなら、それは仏教徒だった宮沢賢治の意識の中にも、その概念はあったかもしれないと期待していて、その場合、宮沢賢治の残した文学の中にはヴェーダンタ哲学と共通する部分が読み取れるかもしれないと考えています。

少なくとも、宮沢賢治の童話は仏教思想を子供にもわかりやすく伝える目的があったようですから。

 

話は映画『コンタクト』にシフトしまして、この映画の公開当時、現実社会ではビル・クリントンさんが大統領をしておりました。

それで、劇中に映るテレビ画面の中で、クリントン大統領が地球外からの知的メッセージを受信したことに関して公式にスピーチするシーンがあるんです。

これは特撮が得意な映画のでっち上げシーンなのですが、そういう映画のフェイクについて無知すぎる人は、映画の中のテレビ画面に映る実在の人物が喋っていることは、本人自身の発言だとか、本人自身が承諾した上での本人の演技だとか思い込んでしまうことがあると思います。

で、そのシーンをめぐって、この映画はちょっとクリントンさんと揉めたらしいことを、どこかで読んだ記憶があります。

映画『コンタクト』を作ったのは、あの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』三部作を手がけたロバート・ゼメキス監督さん。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズも過去の登場人物と現在の登場人物が鉢合わせする手の込んだ特撮シーンがありましたね。

ゼメキス監督さんの映画の特撮で他に話題になったものに『フォレスト・ガンプ』があります。これも歴史上の有名人たちと主人公が会話したり握手したりするシーンがいくつもあります。

ハリウッドの贅沢な資金と、高価すぎて一般人が手にできないソフトウェアと、それを使いこなせる一握りのクリエイターだけが、しっかりした倫理的監視のもとでその映像を作ることを許されているなら、大きな心配はないかもしれませんが…

↓どうやら現在は大変な時代に突入しちゃったようですよぉ〜😱

もう知ってるかもしれないけど、これからの時代にニュースを見る時に絶対に知っておくべき事!

映画『コンタクト』においても、主人公はビデオカメラを搭載させられていましたけど、「証拠は? 証拠は?」なんて騒いでも、音声録音もビデオ録画もでっち上げ可能な時代。

それから最先端科学技術はこんなことにも↓ 本当なら怖いですね〜

Military Mosquito Robots Collecting DNA & Blood!

「君のおじさんは物理学のどの分野に携わっているの?」
「新しい兵器の開発に携わっている。超音波光線の……」
「もし神を信じずに兵器の開発に携わっているのだとしたら、かなり水準は低いと思うよ」
「えーっ? でも、ぼくのおじさんはとても博学な人だよ!」
と抗議して言った。
「ペドゥリート。また、ものごとを混同しているね。君のおじさんはたくさんの情報を持っている。でも、それが必ずしもインテリとは限らないんだ。賢者とはもっともかけ離れている。コンピューターは、膨大なデータを所持できる。でもだからといってインテリというわけじゃないだろう。自分が落ちる穴を知らないで掘っている人間が賢者だといえるかい?」
「ううん、でも…」
「武器はそれを賛美する人をいつか裏切るようになるんだよ……」
(エンリケ・バリオス作 『アミ 小さな宇宙人』より)

 

こんなことに誰が金提供してんの?

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